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設立趣旨

特定非営利活動法人 ケイロン・イニシアチブ 設立趣意書

1.  趣旨

【社会的要因・背景】

サイエンスが職業として十分に定着していなかった19世紀にフランスの思想家エルネスト・ルナンが提唱したのを一つの契機とするように、自立してサイエンスに向き合っていた研究者に対し国家がパトロンとして機能し始め、20世紀になってマンハッタン計画を推進したヴァネヴァー・ブッシュが「Science: The Endless Frontier (サイエンス-この終わりなきフロンティア)」で国家としての科学環境整備を提言し、21世紀においては研究者と公的資金や企業支援との結びつきがより強くなってきました。サイエンスを取り巻くこの流れは世界的な広がりを見せ、日本でもアカデミアと行政、産業が協力し、サイエンスを推進してきました。

 

ところが昨今、この仕組みさえ各所で立ち行かなくなってきています。例えば、2019年に文部科学省から発出された「柴山イニシアチブ」で懸念されているように、日本のサイエンスの国際的競争力は量・質ともに相対的に低下し、異分野融合、国際連携の傾向では先進国中最低の水準にあります(Review of the Human Frontier Science Program 2018 by Science Metrix)。また、研究人材としての海外への中長期研究者派遣者数は一時に比べ減少し(「外国人留学生在籍状況調査」および「日本人の海外留学者数」等について(2019年 文部科学省))、研究者の質の向上と多様性確保(流動性、国際化、ダイバシティ)は急務となっています。

 

科学技術立国を目指す日本が世界のトップレベルの研究力を維持するには、現在進められている研究者の質の向上と多様性の確保・優秀な若手研究者へのポスト重点化、研究資金改革・給付型奨学金の拡充等ににとどまらず、その研究を担う研究者とその環境に対してのさらなる支援が不可欠だと考えますが、まだ研究設備等の共用化や競争的資金の申請様式等の改善が検討されている段階です。また、研究力をどのように把握していくのか、についても様々な試みがなされており、従来の量と質の指標に加えて研究の継続力・持続力、すなわち研究の「厚み」を組み合わせて立体的に研究力を捉える提案等がなされていますが(大学等の研究力をいかに測るか (大学別、分野別) ?(2016-2017年度 小泉周ら))、この点からも研究者の環境をより包括的に支援することは必須と言わざるを得ません。

 

しかし、例えば日本から海外に研究留学するにあたっては、情報の面でも金銭的にもその生活を支えるサポート体制が乏しく、研究者本人及び家族の忍耐によって成り立っているのが現状です。国による研究推進は着実に進んでいますが、公的資金の性格上、研究者や研究機関への支援を超えて、研究者の家族を含めた研究環境のさらなる推進ができるよう仕組みを変えていくには時間を要しますし、社会保障関係の支出増や税収の伸び悩みなどから大幅な支援増もますます困難になることが予想されます。また、企業による研究支援は、その事業ポートフォリオに合致した研究への直接的な投資などが主であり、業績や景気にも依存します。

 

 

【我々の焦点】

従来の仕組みを補完する新しいサイエンス推進の取り組みとして、我々が焦点を当てるのは、社会の中で最も研究に近いところにいる「研究者の家族」です。例えば、医療研究の領域では、患者・市民参画 (Patient & Public Involvement: PPI) が進んでおり、臨床研究に患者及び市民が参画することで、研究側も新たな視点と社会における理解を得ることができるなどのメリットがあることから、国内外で広がっています。

 

さらに、サイエンス全体を推進するために、サイエンスに関わるステークホルダーの枠を変えていく、広げていく必要があり、その第一歩が研究者にとっての一番の理解者たる家族であると考えます。産官学で進められてきたサイエンスを、新たな視点、すなわち研究者の家族の立場から支援する。そして、そこから枠を更に広げ、産官学民の結集によって真に国家として推進することを目指した取り組みを始動しました。

 

 

【解決すべき課題】

総務省統計局の報告では、2016年現在日本の研究者数は84万7100人。国勢調査の結果より換算すると1世帯あたり約2.38人ですので、単純計算で約200万人の研究者家族が日本にいることとなります。この中には、研究を続ける配偶者を支える妻・夫、その子どもたちや両親などがいます。彼らが口を揃えて言うのは、「留学について行きたくても、家族向けの情報が見つからない」「研究費って言ってもどうせ子育てや家族には使えないのでしょ」「そもそもどんな研究してるのかよくわからないよ」。これらの問題に具体的に取り組んでいくためには、研究者の家族に対して情報・資金的な支援をするとともに研究者の家族が抱える問題を明確化し、また家族の理解を深めるためにもサイエンスの最先端を突き進む研究者の姿を見える化しなければなりません。

 

また、少子高齢化や人口の減少にしたがって、戦後の日本が象徴的に描いていた家族モデルと、個人が求める生き方にズレが出てきている現代。女性参画、働き方改革や副業・兼業の推進等家族を支援する社会構造の変化はまだまだ十分ではありません。家族モデルが多様化し、新しいカタチの家族、すなわち「カゾク」が望まれる将来においては、研究者を支える全てのステークホルダーも含めて「研究者のカゾク」と言えるでしょう。さらに、家族全体でプロジェクトを推進したり、家族とともに仕事を展開していく社会的潮流にも貢献することを目的としています。

 

 

【上記を受けた会の設立や活動内容】

研究者が安心して研究にまい進したり、留学の道を選択したりすることができる環境を整えるためには、研究者の家族を支援し、研究者の家族とともにサイエンスを推進することが一つの突破口になるのではないか。研究を取り巻くステークホルダーと、家族を取り巻く社会的動向を重ね合わせた新たなサイエンス推進のビジョンを共有する国内外の行政、アカデミア・企業の研究者、研究助成機関、学術出版社、医療・教育・法務・会計・ビジネスの専門家、次世代コミュニティの推進者、そして研究者の家族自身の面々が集まり、連携を進めてきました。大学、研究機関、企業、スタートアップなどとの協力も進んでいます。そこで今後は、日本、そして世界に広がる研究者及び研究者の家族を包括的に支援する以下のような事業を展開することで、日本ひいては世界のサイエンスの発展に寄与できるものと考えます。

 

  • 研究者の大半が非正規雇用のため、その家族を含めライフイベントの様々な場面において多くの課題に直面します。産休や育児休業、研究者自身のキャリアの見通しや子供の教育。海外留学の場合には、さらに生活に関する情報の不足や言語の壁、配偶者のキャリアの問題などが加わります。これら「研究者の家族が抱える問題」を明らかにする実態調査を行い、調査結果をウェブサイト、SNS等で発信していきます。

  • 家族のカタチが多様化する現在、研究者と家族が抱える課題は複雑であり、その解決策も様々です。研究者の家族が直面した課題をいかに克服したか、過去の実体験に基づく解決策をウェブサイト、SNS、ニュースレター、書籍等で幅広く共有していきます。当初はアメリカにおけるボストン、中西部、シリコンバレー、ヨーロッパにおけるフランス、アジアにおけるシンガポールに焦点を当て、その後範囲の拡大を目指します。

  • 上記の解決に至る上で、実際に有用であったウェブサイト・SNS・書籍等の情報源を地域別、課題別にわかりやすく共有する情報プラットフォームを構築します。

  • 研究者が活用できる日本の研究費やフェローシップ等は、使用目的が研究に係るものに限定されていたり、限度額を超えて重複受給ができなかったり、研究者の家族を含めた生活を金銭的にサポートする体制は十分ではありません。そこで、研究者の家族が応募し、研究者の家族が受給する給付金制度を構築し、家族の側からの支援を開始します。

  • 本法人のビジョンを共有し連携可能な団体等の情報収集を開始します。

 

  また、将来的に以下の事業等を目指します。

  • 上記給付金制度や本法人の活動内容の説明会、給付金を受給する研究者の家族の生の声を届けたり、研究者が進めている研究内容を家族に伝えるカンファレンス等の開催。

  • 本法人のビジョンを共有する団体等との連携に基づく、家族内・家族間コミュニケーション推進、配偶者キャリア支援、子供の教育補助等に資する共催イベントの開催。

  • 研究者と研究者の家族間の信頼を醸成する情報プラットフォームの改良。

  • ウェブサイト等における、協賛団体・企業等の広告の掲載。

  • 上記活動に係る出版物・動画・写真等の作成・販売。

  • 上記活動に係る講演会・上演会等の開催。

  • 研究者・研究者の家族及びその関わる団体・企業へのコンサルテーション。

  • 研究者と研究者家族の支援・評価に係る政府・自治体・団体等への具申又は答申。

 

 

【なぜ特定非営利活動法人化が必要なのか】

今回、法人として申請するに至ったのは、任意に実践してきた活動を、継続的かつ業界の垣根を超えて推進していくこと、国内外の行政や関連団体との連携を深めていく必要があることなどの観点から、社会的にも認められた公的な組織にしていくことが最良の策であると考えたからです。さらに、家族を代表とする市民からの研究支援を目的とする当団体の性格上、その活動が営利目的でなく、信頼性高く多くの市民の方々に参画していただくことが不可欠であるという点から、特定非営利活動法人格を取得するのが最適であると考えました。さらに、将来的に認定特定非営利活動法人格を取得することで、当法人に対する寄付者が税制上の優遇措置を受けられるようになることも利点となります。

 

 

【法人化によるさらなる社会貢献、法人化による発展の展望】

法人化することによって、責任の所在を明確にしながら組織を発展、確立することができ、国連開発計画(UDNP)の戦略計画の重点分野と関連し、2030年に向けて世界が取り組む持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、将来的にサイエンス (SDG3,9)・家族支援 (SDG4,5)・市民参画 (SDG8,17) 等に関する様々な事業を国内外にわたって展開することで、広く日本を含めた国際社会に貢献できると考えます。


 

2.  申請に至るまでの経過

2019年2月27日 第1回準備委員会

2019年4月12日 第2回準備委員会

2019年6月1日   第3回準備委員会 会員間で法人化の意思確認

2019年6月30日 設立総会

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